昨年末から、訪問リハビリでターミナル期の方に関わらせていただいていました。
余命も宣告されており、「年内、もしくは年を越せるかどうか」という状況でした。
ご本人の希望でもあり、娘さまの希望でもあり、
残された時間を在宅で過ごすためにサービスを整え、
そのひとつとして私も関わらせていただきました。
退院直後は、自宅に戻ってこられた喜びもあってか、
このまま状態が良くなるのではないかと思うほど活気が出てこられ、
週に一度のリハビリではありましたが、
娘さまから一週間の様子を聞く時間が楽しみなくらいでした。
けれど、その状態が長く続くことは難しく、
年を越した頃から本当に少しずつ状態が変化していき、
先日、息を引き取られました。
訪問に伺わせていただいたとき、
横になられている姿は、先週リハビリに行ったときと変わらない、
眠っているかのような安らかな表情でした。
ただ一つ違ったのは、娘さまの表情でした。
もちろん悲しさはあると思いますし、涙もあったと思います。
けれどそれ以上に、納得のいく看取りができたという
どこか安心したような表情にも見えました。
「これは自分の自己満足なんです」
娘さまはいつもそう言われていました。
けれど、在宅で家族を看取るということは、
決して“自己満足”という言葉で片付けられるような
簡単なものではなかったと思います。
最後の最後までお母さまと向き合い続けた娘さまの表情は、
どこか美しくもありました。
人が最期の時間をどこで、誰と過ごすのか。
その選択を支えることの重みと尊さを、
あらためて感じさせていただいた時間でした。

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