いい文章ですね。
「です・ます」を外して、ブログの語り口(常体)に整えてみました。
昨日、不思議な出来事があった。
急性期の病院からご自宅近くの病院への転院搬送のご依頼。
介護タクシーではよくある移動のひとつ。
依頼を受けたとき、珍しい苗字だなと思った。
短大の友だちと同じ苗字だったので、「珍しい偶然もあるものだな」くらいの感覚だった。
お迎えに行くと、70代のお客様と娘さま。
お二人とも口数が多い方ではなく、車内は静かな時間が流れていた。
だからこそ、私も必要以上に話しかけることはせず、
親子の時間を大切にしながら運転することを心がけた。
発進も停止もいつも以上にゆっくりと。
スピードも上げず、呼吸を合わせるように。
そのとき、お客様がぽつりと
「救急車より乗り心地が良いね」
と言ってくれた。
それが、とても嬉しかった。
無事に転院先に到着し、娘さまが受付をされている間、
車いすの乗り換えにも少し時間がかかりそうだったので、
ふと苗字の話をしてみた。
するとお客様は
「元をたどれば親戚かもね」
と笑って、その会話はそこで終わった。
ところが、そのやりとりを聞いていた娘さまが、
受付を終えて話を振ってくださった。
私が友だちの名前を伝えると、
「それ、義理の妹です」と。
一気に距離が縮まり、
私は嬉しくなってつい話しすぎてしまった。
お孫さんがお客様に似てかっこいいこと、
友だちが昔から努力家だったこと、
毎年の忘年会のこと——。
そして最後に、
「リハビリ頑張ってください!」と
ガッツポーズをしてその場を離れた。
その感激が収まらず、
駐車場で友だちにすぐLINEを送った。
「今日、お義父さんの搬送を担当したよ。
こんなご縁があるんだね。」と。
しばらくして届いた返事を見て、
私は目を疑った。
友だちの旦那様、
つまりお客様の息子さんが、
年末に亡くなっていたという知らせだった。
頭が混乱した。
さっきまでお会いしていたお父さま。
静かに寄り添っていた娘さま。
あの車内の空気。
あの時間。
すべてが、少し違う意味を持って胸に戻ってきた。
私は何も知らずに、
いつものように仕事をして、
いつものように話して、
いつものように送り届けただけだった。
でも、もしかしたらあの時間は、
大切な移動の時間だったのかもしれない。
介護タクシーの仕事をしていると、
人生の一場面に立ち会うことがある。
それは特別なことではなく、
ただ「移動を支える」という役割の中で起きる出来事。
でも、その背景には、
それぞれの物語がある。
昨日の出来事は、
「ご縁」という言葉の意味を改めて考えさせてくれた。
知らないまま関わることも、
知ってから思い返すことも、
どちらも人の仕事なのだと思う。
あの時間が、
少しでも穏やかな移動になっていたなら嬉しい。
今日もまたハンドルを握ります。


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