今日の搬送は、認知症のご主人の転院だった。
奥さまが同席され、道中はほんの15分ほど。
それでも、その短い時間の中で、奥さまはこれまでの人生を静かに、でも一気に語られた。
結婚してからずっと専業主婦。
我慢することが当たり前だった時代。
今ならすぐに離婚できただろうけど、当時はそうじゃなかった。
「私も若い頃は気が弱かったからね」と、少し笑いながら話されていた。
やがてご主人は認知症を患い、身の回りの世話まで担う日々。
会話が通じなくなり、苛立ちが募る。
「大げさかもしれないけど、一歩間違えたら殺人事件だったよ」
その言葉の重さに、胸が詰まった。
どこからかは分からないが出血がひどくなり入院。
そのタイミングでご主人と少し距離を置けたことが、本当によかったと。
奥さま自身も腰を悪くし、数年前にがんを患い髪の毛もだいぶ抜けたそう。
整形外科でリハビリに通い、姿勢も随分良くなったという。
「80過ぎても、シャンとしておしゃれもしたいからウィッグをかぶることにしたの」
まだまだ、やりたいことがある。
車内でそう話される奥さまの声は、どこか軽やかだった。
ひとしきり話をされている間、ご主人は言い返すこともなく、ただ静かに聞いておられた。
降車前、思わずご主人に声をかけた。
「リハビリで元気になったら、奥さまのこと助けてあげてくださいね」
分かってか分からずかは分からない。
けれど、ご主人はこくりと頷かれた。
ほんの15分ほどの時間。
それでも、乗車時より奥さまの表情は明るく、どこかスッキリされているように見えた。
たかがタクシー。
されどタクシー。
短い時間ではあるけれど、家族ごと、その人の人生に触れさせていただいている。
それなら、この一瞬の時間であっても、
少しでも心が軽くなる場所でありたい。

コメント